臆病とは部分最適である
行動の軌跡について
ふと、「臆病」とは部分最適を促す心持ちであり、「勇気」とは全体最適に向けた振る舞いであると感じた。
臆病とは、例えば目の前の向き合いたくない物事から逃げ出したり、有耶無耶にしようとする態度のことである。その瞬間を生き延びるためには確かな解であるかもしれないが、実際は問題を先送りして腐らせるだけで全く良い行いではない。しかし、それをその瞬間に自覚せよというのも酷な話である。日記を書くことは、普段の行動の軌跡を認識し、どの行いが部分最適的な振る舞いだったのかを振り返る作業として有益なのかもしれない。
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