2025年8月振り返り
8月振り返り
夏の終わり
わたしが何かものを始める時、大体冬が多い。私の心身が最も健康だからだ。ものが続かなくなる時、大体夏の初めが多い。どんどん暑くなっていく、暑さの加速の香りがわたしをげんなりさせてしまうからだ。そしてわたしがそれを再開するとき、これは夏の終わりが多い。夏のてっぺんがすぎて少しずつ太陽が静まりかえる、その雰囲気を感じとって身体がむくりと立ち上がる。
そのため、わたしは夏は嫌いだ最悪だ御免蒙りたいと常々感じているし周囲にもそう言っているが、これから少しづつわたしの大好きな冬に近づいていることを予感させるような、夏の終わりの雰囲気は悪くないと思っている。
本
あまりにも暑すぎて家からは出たくない。しかし旅をしなければ人間はどんどん萎れてしまう。なので読書をすることでせめて心だけは旅をさせてあげたいという、自分に対する老婆心が働いている。
さみしい夜にはペンを持て
日記を書く理由を思い出させてくれた。そうだ、日記の第一の読者は自分である。
私は4年ほど前から日記を書き始めており、続けることを挫折した経験が何度かあるから、継続という観点に目を向けてしまう。日常をスローモーションで捉えるなどの修辞法を凝ることはとても楽しいけれど、それをしすぎると人生と日記の主従がわからなくなってしまう。しかし、それは将来的の自分の読み物になるということを考えると、その時の自分が感覚を意識的に研ぎ澄ませた文章を読むことができるのは何事にも変えられない経験であるようにも感じる。
虚空教典
VTuber 剣持刀也のエッセイ本。彼のパーソナリティが詰まっていてよかった。ただ、ふつうのエッセイの読後感とはかなり異なる。彼の「生活」がほとんど見えてこない。本当に同じ次元に生きているのか?
春宵十話
数学者である岡潔のエッセイ本。要するにあるがまま育てという話だと私は受け取ったし、短い私の人生の経験上、それはとても大事なことだと思う。
その着せ替え人形は恋をする
昨年の秋に13巻まで読んでおり、それを完結まで読んだ。107話がすごい。愛が人に与えられ、光り輝き、それが周囲を焼き焦がしてしまったら、それを与えた人は何を思うか。その心情がすごく真に迫っていてよかった。オチも。
サーチ・インサイド・ユアセルフ
4年くらい前に読んで、瞑想のやり方の部分だけ読んで(つまり半分くらいの箇所で)そのままにしていたのを読み切った。情動というものを徹底して生理的なものとして扱い、それを実践させるという姿勢には好感を持てる。
サラダ記念日
いまさら読んだけれど凄すぎる。初版がもう35年くらい前なので、親世代を飛び越えてもはや祖父母世代のものかもしれないけれど、それでも全く色褪せない。強いていえば、「受話器」という単語が持つ破壊力に嫉妬している。我々は受話器にワクワクすることは今後一切ないだろうから。
写真
2025/08/07 lilbesh ramko のライブに行った。みんなめっちゃ若者、スーツで来たのはわたしだけ



